2026/08/11

御穂鹿嶋神社

 港区芝にある神社。もともとは御穂神社と鹿嶋神社の2つの神社だった。創建は御穂神社が文明11年(1479年)、鹿嶋神社は寛永年間(1624年~1644年)と伝えられているが、平成16年(2004年)に合祀。御穂鹿嶋神社と称されるようになった。

御穂鹿島神社 鳥居

境内は都営浅草線・都営三田線「三田駅」から徒歩3分の場所にある。目の前が本芝公園だが、境内の敷地面積は大きくはなく、鳥居をくぐるとすぐに社殿。手水舎は左手前にあり、境内右手には境内社(天満社・稲荷社・住吉社)合殿が見える。

御穂鹿島神社 社殿

境内に向かう途中に躍動感のある狛犬がいて導いてくれる。古典落語の演目『芝浜』は、この付近のことで、かつて漁師が魚を売買する「雑魚場」があった。鳥居の左手には芝濱(芝浜)囃子の碑も確認できる。

御穂鹿島神社 狛犬

この地はかつては海岸線で、勝海舟と西郷隆盛が江戸城の無血開城に関する会談を行ったとされていて境内のすぐ近くに記念碑があった。現在は高層ビルが建ち並ぶオフィス街だが、さまざまな歴史を感じることができる。

御穂鹿島神社近く

御朱印は社殿左手奥にある社務所で拝受できる。御朱印は御穂神社と鹿嶋神社に分かれていて、初穂料はそれぞれ500円。窓口で御朱印帳を渡すと直書きで対応していただける。御札・御守りなど受ける際もこちらで対応している。

御穂鹿島神社 御朱印

2026/08/08

綾瀬稲荷神社

 足立区綾瀬にある神社。いただいたリーフレットによると創建は“慶長十九年(1614年)、豊臣氏と徳川氏が争った大阪冬の陣が起きた年と伝えられる”とある。また公式ページには、その年に“村人が浄財を出し合い、伏見稲荷より御分霊を勧請したとある。

綾瀬稲荷神社 鳥居

また、江戸時代には『稲荷神社』と称していたが、明治7年(1874年)に『五兵衛神社』と改称し、さらに昭和42年(1967年)に現在の『綾瀬稲荷神社』に改称。400年という長い間、地域の氏神様として崇敬されてきた。

綾瀬稲荷神社 手水舎

境内はJR・東京メトロ「綾瀬駅」から徒歩3分の場所にある。鳥居をくぐり、右手に手水舎がありさらに進むと石灯籠の先に二の鳥居、狐像と狛犬に迎えられた正面が拝殿になっている。また境内の左側には神楽殿も確認できる。

綾瀬稲荷神社 拝殿

参道を入ってすぐ左手には富士塚と浅間神社がある。また手水舎の手前には三峯神社、さらに境内末社として弁天社がある。富士塚は一見登れそうな感じだが、安全上の理由で登らないでと注意書きがあった。

綾瀬稲荷神社 富士塚

神社には数々の奉納品があり、拝殿前にある獅子・狛犬は落語家・三遊亭円丈師匠が寄進。また殿内には古代弦楽器「箜篌(くご)」の試作品、その他にも、下をくぐることで悪しき邪怪妖霊(悪い虫)を切り払うと伝えられる納め太刀が掲げられている。

境内末社 三峯神社

御朱印は社殿左手にある社務所で拝受できる。呼び出しボタンを押すと窓口で対応していただける。書き置きのみで通常タイプと神輿の絵柄が入ったタイプの2種類から選ぶ。初穂料はどちらも500円で今回は神輿タイプにした。

綾瀬稲荷神社 御朱印

2026/08/04

葛西神社

 葛飾区東金町にある神社。葛西神社・公式ページの由緒書によると、創建年代は“平安時代の末期、後鳥羽天皇の元暦二年(1185)領主葛西三郎清重の篤信により上葛西、下葛西あわせて三十三郷の総鎮守として下総国香取神宮の分霊をお祀りした”とある。

葛西神社 一の鳥居

また、江戸時代に徳川家康公が当社の操り人形芝居の神事をご覧になった際、御朱印十石を賜ったとされる。当初は香取宮と称していたが、明治維新の際に香取神社となり、明治十四年(1881年)葛西神社と改められた。

葛西神社 手水舎と厳島神社

境内はJR常磐線・京成線「金町駅」から徒歩12分の場所にある。参道跡のようになっている住宅街を抜けて江戸川方面に向かうと一の鳥居が見えてくる。西側にも入口があるが、そちらには鳥居はない。

葛西神社 撫蛇様

一の鳥居をくぐると右手に手水舎があり、さらに参道を進むと二の鳥居が見える。そこから左斜め方向に社殿がある。また、手水舎の奥には境内社の厳島神社、撫蛇様(なでへびさま)がある。その時見えるへびの表情により撫でる場所が変わるようだ。

葛西神社 社殿

参道を進んだ右手前には神楽殿が見える。また社殿の周辺には数多くの境内社がある。社殿の右手にある祓戸神社で祈り清めた後に、当社や境内社に参拝することよいという掲示があった。

葛西神社 稲荷社

境内社は社殿の周辺に天神社、稲荷社、諏訪神社、神明社などがあり、本殿の奥には富士塚・富士神社が見える。その他、境内には金町招魂社や天然記念物に指定されている銀杏の木3株がある。こうしたことからも歴史ある神社であることがわかる。

葛西神社 富士塚

御朱印は社務所の授与窓口で拝受できる。インターホンで呼び出すと対応していただける。御朱印は複数の書き置きタイプから選べる。今回は8月限定のもの(初穂料は500円)をいただいた。

葛西神社 御朱印(8月限定)


2026/08/01

上平井天祖神社

 葛飾区東新小岩にある神社。御朱印といっしょにいただいた「天祖神社略記」によると、鎌倉時代に当地の領主だった葛西三郎清重により勧請され、当初は神明社として鎮座(明治4年に改称)し、『新編武蔵風土記』にも記されているとある。

上平井天祖神社 大鳥居

昭和40年(1965年)に地方線30八号(現在の平和橋通り)の開通に伴い、現在の地に遷り、昭和46年(1971年)に社殿が造営。それ以来、旧上平井村(現在の東新小岩3~8、西新小岩1~5)の守り神として崇敬されてきた。

上平井天祖神社 手水舎

江戸川区に平井天祖神社があるが、こちらは旧中平井村の鎮守となっている。平井天祖神社が明治7年に村社に列格に対し、上平井天祖神社は明治5年郷社に列格していた。神社名が似ているが両者は成り立ちが異なる。

上平井天祖神社 社殿

境内はJR総武線「新小岩駅」から徒歩20分の場所にある。鳥居をくぐると左手に手水舎があり、正面が拝殿。社殿を囲むようにして境内社が並んでいる。社殿右手には多賀神社・道祖神社、その先に浅間神社・三峯神社、さらに左奥に稲荷神社がある。

多賀神社

御朱印は社殿左手にある社務所でインターホンを押すと拝受できる。社務所は地域の集会所として使用されており、境内は災害時の避難場所にも指定されている。御朱印は書き置きのみで初穂料は500円。丁寧に対応していただいた。

上平井天祖神社 御朱印


2026/07/30

宝童稲荷神社

 中央区銀座にある神社で、銀座八丁神社めぐりの一社。1930年まで弥左衛門町と呼ばれていた銀座4丁目の氏神様で、江戸時代に町名の由来となった弥左衛門により江戸城紅葉山から分祀したことが始まりとされる。

宝童稲荷神社 社殿

銀座にはこの他にも複数の稲荷神社があるが、銀座という場所柄ビルの屋上にあることも少なくない。その中で当神社は銀座の中心地にありながら路地の奥にしっかり鎮座しているため、買い物の途中で気軽に参拝できる。

狐像

現在の社殿は2008年に建て替えられたものだが、関東大震災前は別の場所にあったらしい。震災後に現在の場所に遷座され、その場所はそのままに新しくなった。管理しているのは銀座の町会の中の一つで稲荷と町の復興の願いが込められている。

御朱印・おみくじ

場所は東京メトロ「銀座駅」から徒歩3分程度。限られたスペースにあるため、手水舎はないが一対の小さな狐像が置かれていた。おみくじもだが、御朱印も指定された初穂料(500円)を賽銭箱に納めて拝受できるようになっている。

なお、御朱印はケースに入っているが、その文様は当神社に奉納されたペルシャ絨毯のものという説明書きが入っていた。知恵を司る狐・力の象徴トラ・富を表す孔雀が吉祥柄として織り込まれている。

宝童稲荷神社 御朱印

2026/07/26

志演尊空神社

 江東区北砂にある神社で“しのぶそんくうじんじゃ”と読む。昭和22年に志演神社と尊空神社を合併し志演尊空神社となった。東京都神社庁公式ページによると“寛永元年、菅原長寛(道真公より22代目)が村民の願いを受けて稲荷大神を鎮座した”のが始まりとされる。

志演尊空神社 一の鳥居

もともと深川稲荷と称していたが、徳川綱吉が鷹狩りの途中に参拝した際、「志演神社」と命名したと伝えられている。また、江戸時代に疫病退散の護摩をたいたことがあることから「ゴマの稲荷」とも呼ばれている。

志演尊空神社 手水舎

境内は東京メトロ「南砂町駅」から徒歩15分くらいの場所にあるが、都営バスで「境川」で下車すれば約4分で着く。一の鳥居をくぐりすぐ左手に手水舎があり、狛犬と二の鳥居の先が拝殿となっている。

志演尊空神社 拝殿

境内社はないが、境内右手に力石がある。また右奥に社務所があるが、通常時は開いていないようだ。広くはないがベンチが複数あるため参拝後に休憩できる。地域の人が毎朝ラジオ体操を行う憩いの場にもなっているようだ。

拝殿の各案内

御朱印は拝殿の賽銭箱の脇にある、書き置きタイプのものを取り出して、賽銭箱に初穂料500円を納める方式になっている。また江東区神社マップにスタンプを押しながら15社巡りも楽しめるようだ。

志演尊空神社 御朱印


2026/07/20

諏方神社

 荒川区西日暮里にある神社。公式ページによると元久二年(1205年)の創立で、豊島左衛門尉経泰が勧請。文安年間に太田道灌が神領を寄進し、寛永十二年(1635年)社殿を現在の地に遷座した。

諏方神社 鳥居

長野県の上諏訪社と同じ建御名方命を祀るが、「諏訪」ではなく「諏方(すわ)」としているのは、所蔵する元禄時代の掛軸(細井廣澤書)に「諏方大明神」とあることによるもので、日暮里・谷中の総鎮守の神社として「おすわさま」の名で知られている。

諏方神社 手水舎

境内はJR・東京メトロ「西日暮里駅」から徒歩4分の場所にある。地図だと近そうに見えるが、駅を出て西日暮里公園(道灌山)方面を上るため意外と時間がかかる。鳥居をくぐり参道を進むと右手に手水舎、階段を少し上がったところに社殿がある。

諏方神社 社殿

また、神輿庫?らしき大きく存在感のある建物が右手にあり、左手には神楽殿、左奥に社務所の建物が見える。いずれも重厚で歴史を感じる建物ばかり。さらに境内の中心には御神木がそびえ立っている。

諏方神社 神輿庫

境内社も複数あり、社殿左奥に御嶽山大神・八海山大神・三笠山大神、社殿右手に三宝荒神社、その奥に三峯神社、さらに階段を降りて右手には末廣稲荷神社・銭降稲荷神社という配置となっている。

諏方神社 境内社

なお、御朱印は社務所で拝受できる。インターホンで呼び出し、玄関を入ると対応していただける。御朱印は書き置きのみで、初穂料は500円。通常は授与所は閉まっているようなので、御守りなども社務所に聞いてみるのがよい。

諏方神社 御朱印